妖怪「アマビエ」

特集

 「アマビエ」が人気である。
 厚生労働省も今年4月9日、新型コロナウイルス感染症拡大防止の啓発マスコットに疫病から人々を守るとされる妖怪アマビエを採用した。[会いたい人をまもりたい。今年は「オンライン帰省」。]のポスターにもアマビエのアイコンが使われている。厚生労働省のウェブサイトでは、「ご家庭や学校、職場において自由にお使いください」と、若者を対象に数パターンの啓発アイコンを配布している。
 滋賀県下でも日本酒のラベル、かまぼこ、長浜ではアマビエにあやかった「アマひよちゃん」が誕生し、「特殊詐欺撲滅」「コロナウイルス撃退」にひと役かっている。

厚生労働省 Twitter 2020年4月9日

 今回のブームはネット上の「アマビエチャレンジ」などで、ハッシュタグ(#)を付けたイラスト・漫画・動画がTwitterやInstagramに投稿され、著名人の参加も多く、猛烈なスピードで拡散していった。そして、日本の妖怪ファンしか知らないマイナーな妖怪が世界中で知られるようになった。

柴田ゆうさん Twitter 2020年3月6日
畠中恵著『しゃばけ』シリーズの装画・挿絵などを描くイラストレータ。国宝・彦根城築城400年祭の「彦根城」や「まちなか博物館」のイラストを担当。

 アマビエは、弘化3年(1846)4月中旬の瓦版で報じられた妖怪だ。全身が鱗で覆われ、嘴のような口、足先にも届きそうな長い髪、寸胴で三本の足、菱形の可愛い目をしている。イアリングのように見えるのはヒレだろうか。半人半漁、人魚のようにも見える。
 瓦版にはこんなふうに書いてある。
「肥後国海中江毎夜光物出ル 所之役人行見るニ づの如之者現ス 私ハ海中ニ住アマビヱト申者也 當年より六ヶ年之間 諸国豊作也 併病流行 早々私ヲ写シ人々ニ見セ候得と申て海中へ入けり 右ハ写シ役人より江戸江申来ル写也弘化三年四月中旬」
 アマビエは肥後(熊本県)の海中に姿を現し、「当年より6ヶ年の間は諸国で豊作が続くが疫病も流行する。早々に私を写し人々に見せよ」と告げた妖怪なのだ。

『肥後国海中の怪』(京都大学附属図書館所蔵

アマビエはアマビコ

 実はアマビエの名はアマビコが正しい。近代化が推し進められた明治時代に新聞紙上を賑わせた妖怪や怪奇譚を集めた『明治妖怪新聞』(湯本豪一編)という書籍がある。
 明治14年10月20日付の『東京曙新聞』に「天彦(あまびこ)」、明治15年7月10日付の『郵便報知新聞』に「あま彦」と書かれた記事が紹介され、[二つの記事に書かれた〈光を発して海中に住む〉という「天彦」の特徴は奇しくも「アマビエ」のそれと一致するのである。その「アマビエ」はというと、拙い絵ながら三本の足が確かに描かれている。これらのことから「アマビエ」が「天彦」のことであったのは間違いないであろう]と考察している。
 アマビエという名称がどうして生まれたかについては、[最初は「アマビコ(天彦、あま彦)」と書かれていたものの、「天彦」「あま彦」の存在を知らない者がその情報を書き写すときに「コ」を似通った字の「エ」と転写してしまい、さらに原本が失われたことによってこの情報だけが後世まで残った。(中略)言ってみれば「アマビエ」などという怪獣は初めから存在しなかったのだ。誤解を生まないためにも、今後「アマビエ」という名称は避けるべきなのではないだろうか]としている。

近江の病魔退散

鍾馗さん

 鍾馗は道教の神である。親しみを込め「鍾馗様」「鍾馗さん」と呼ばれている。京都や近畿・東海地方では瓦でできた小さな鍾馗さんの人形を屋根の上にのせる風習がある。魔除けとして家の守り神として大切にされてきた。

玄関に飾った鍾馗さん(近江八幡市)

 鍾馗は唐代に実在した人物だ。科挙に挑戦したが不合格となり、国に帰るのを恥じて自ら命を絶つ。当時の皇帝玄宗は手厚く葬り、鍾馗の魂は救われる。その後、玄宗は熱病(マラリア)にかかり、生死の境をさまよう。このとき、玄宗の夢に悪魔よりも怖ろしいバケモノが現れ、病魔をことごとく撃退した。鍾馗は魂を救ってくれた恩に報いるため、バケモノに身を変じて、玄宗を助けたのである。そして、玄宗は鍾馗の姿をかたどった神像をつくらせ、疫病除けの神として祈ったという。
 日本では、右手に破魔の剣を持ち、左手で八苦を抑えて、周囲をにらむ姿の鍾馗が一般的だ。端午の節句の人形や屋根の上の鍾馗さんのほか、その図像も魔よけの効験があるとされ、旗、屏風、掛け軸の人気のモチーフとなった。
 彦根市では屋根に置かれた鍾馗さんが約70体確認されている。鍾馗さんはお寺の鬼瓦に面する屋根に置かれていることが多い。これは、鬼瓦によって払われた厄災が家に入ってこないようにするためだといわれているが、ひょっとすると、彦根はマラリア(おこり)の多い地域だったので、屋根の上の鍾馗さんに願いを託したとも考えられる。

角大師

角大師の護符

 比叡山中興の祖・元三大師良源(912~985・長浜市三川町 玉泉寺の生まれ)は、平安時代、疫病が流行したとき、自ら角を生やし鬼の姿となり疫病を追い払ったとされる。その時の姿を写した刷りものは「角大師」として魔除・厄難除の護符となっている。元三大師と呼ばれるのは、正月三日に亡くなったからであり、日本の「おみくじ」の元祖でもある。
 良源の生誕地とされる玉泉寺で、玄関先に貼り、コロナウイルスを撃退してもらいたいと願い、「角大師」の御札が覆刻されている。

 

 鍾馗さん、角大師も、今のところアマビエのようなブームになる気配はない。ただ「あやかる」のではなく、アマビエは人々に「早々に私を写し人々に見せよ」と「貢献する」機会を与えた。この違いは、デジタル化が超加速する現代のビジネスのヒントになりそうである。